Category Archives: 地域学習

大村市長を訪問

Meeting with Omura  Mayor

私はニューヨーク出身ですが、地元の市長なんて会ったことも見たこともありませんでした。彼らは私たちの手の届かない所にいて、見ることが出来るのはテレビを通してだけでした。それを考えると、今日大村市の市長に会って話をすることができる私はとても運がいいと思います。彼の名前は松本崇さん。「市長」というものに対してとてもお堅い性格なイメージだっ
たので会う前にロビーで待っている間はとても緊張していました。

しかし実際会ってみるととても親しみやすい人柄だったのでびっくりしました。

松本市長は私たちそれぞれの国の文化にとても興味を示されていて、私たちの国、特に地元に関して自慢できることなどを聞かれました。私はその質問に対してニューヨークでよく見られる人種の多様性を挙げました。ニューヨークでは全てと言っていいほど多様な文化を経験する機会があるのです。

小学校の責任者の方も話に参加されました。彼はどうやって給食が学校に届けられ、準備されるかを教えてくれました。オーストリア出身のデイビッド以外の参加者の国は大体同じような給食のシステムがあります。デイビッドによるとオーストリアの小学校では昼休みが2時間あり、その時間中に家に帰り昼ごはんを食べ、終わったら学校に戻って昼の授業が始まる、とのことです。市長はこのシステムにも興味を示されていました。

松本市長は鎖国時代の日本の中で唯一長崎が開港された経緯など、長崎の歴史についても語ってくれました。市長の名刺を頂いて、今日の市長訪問は終わりました。

大村市の市長に会えたことをとても光栄に思いました。

(Hasiyna Gibson, USA)

荒尾でのチャリティーバザー

Adriana at Arao Charity Bazaar
Arao City Mall WCI Charity Bazaar


Gaby with Arao LOC

今日は荒尾シティーモールにて、WCIスタッフとパープルカラーで身をまとったLOC(地元の実行委員会)のメンバーでチャリティーバザーを開催しました。
「ガイジン」のグループということで、多くの人の注目を集めることができました。
バザーではLOCの方々の協力、寄付によるスカーフやティッシュボックス、フラワーデコレーションなど手作りの品々がならびました。この場を借りてWCIについての情報交換も行うことができました。このバザーで得たお金は今後の参加者や活動のための資金にされます。

水俣病

Minamata musuem


thanking tour guide and translator

トルコ出身のブルージュです。今日は水俣市で学習してきた水俣病についてレポートします。

水俣病は、チット水俣工場が大量のメチル水銀を含んだ排水を川に流したことが原因で引き起こされた公害です。1926年に漁業従事者の間では、何か異変が起きているとの認識はありましたが、特に大きな問題であるという認識はこの頃ありませんでした。しかし、1950年頃には、水俣の海にいる魚などへの影響が徐々に見られるようになりました。工場排水は、川や海の水面付近に溜まり、簡単に除去できると考えられており、人々はそれほどの大問題であるとは考えていませんでした。しかしながら、1953年に原因不明の病気の発生が確認されました。12年後の1968年に政府は、メチル水銀中毒が原因の水俣病と認めました。

水俣病は、人々の神経や脳へ悪影響を与え、一度これにかかると治療することが出来ない病気です。

政府は水俣市の浄化作業を実施し、現在のメチル水銀の量は、人体に影響を及ぼさない25ppm以下になっています。この資料館の隣には、メチル水銀を埋め立てて作られたエコ・パークが建設されています。しかしながら、大きな地震や津波などがこのエコ・パーク周辺で起こり、破損すれば再びメチル水銀が海へ流れ出る危険性もあります。現在は、水俣市には水質の調査を実施する研究機関もあります。今日、水俣市はエコを推進する市です。人々は間違いから学び、自然を保護する活動をしています。ここ水俣市では、ゴミは22の分別によって回収されています。

この水俣資料館の訪問で私は、私たちが意識していようがいまいが、人間は間違いを起こし、その間違いは私たちの命に直接的に又は間接的に影響を与えるものである、ということを学んだ。

水俣病資料館で説明してくださった館長、カイド、通訳の皆さんありがとうございました。

ブルージュ(トルコ出身)

慈恵病院:こうのとりゆりかご

baby drop off post


presenting stork's cradle

ワールド・キャンパス・インターナショナルでの活動を通して、私たちが体験するものはいろいろあります。ある時は楽しい活動であり、そしてある時には真剣に考えされられるものです。今回訪問した慈恵病院は、命について真剣に考えさせられる場所でした。

この慈恵病院は、日本で唯一の匿名で子どもを、預けることが出来る施設です。

この日の午前中は、1)十代の妊娠、2)両親の責任、3)科学と宗教、という三つのグループに分かれて様々な角度から倫理的な話をグループに分かれて行ないました。世界各国から参加している私たちと、熊本市在住の日本人の学生なども参加して、様々な考えや思いを聞くことが出来きました。これらのテーマに関するそれぞれの国の法律、実際にどのように機能しているのか、同様のシステムが他の国に存在するか等、非常に有益な時間を過ごすことが出来ました。

午後は、慈恵病院にて「こうのとりゆりかご」の説明や質疑応答の時間を設けてもらいました。この中で、「こうのとりゆりかご」を作ろうと思った理由やその背景を伺うことが出来きました。院長は、テレビや新聞で報じられる中絶というニュースを聞いて、とても悲痛な思いになったそうです。そして、同様の施設があるドイツへ視察に行き、2007年に熊本に「こうのとりゆりかご」設立しました。この施設は、子どもを育てることが困難な両親にとっての最後の選択の場です。院長は、自分の子どもを自分で育てることを強く望んでいます。その為に、「こうのとりゆりかご」に子どもを預けた後でも、また預ける前にも、両親に対して希望があればいつでも相談にのる体勢を整えています。

私は、この「こうのとりゆりかご」を見学して、子どもと両親の命を救う場所であると思いました。

アマンダ(ノルウェー出身)

こころに残る思い出:ふれあいイベント

Fureai event


Fureai event: simple interactions make all the difference


Fureai event

ワールドキャンパスのプログラムは常に、今まで体験したことのないようなことが待っています。ここ大村でも、心に残る特別な「ふれあいの集い」のイベントが待っていました。

「ふれあいの集い」は、毎年大村で開催され、身体障害者などが人とふれ合うことを目的にしたものです。この日は約650人を超える人が集いました。

僕らの仲間ワールドキャンパスのメンバーも参加し、歌や踊りで会場にいる皆と盛り上がりながら、楽しい時間を過ごしました。音楽は僕らの心の中にある障害者と僕らの間にある「壁」を取り除いてくれる道具でした。ふれあいの集いに参加した皆が、音楽のリズムに合わせて一つになりました。

その後、皆でゲームをしました。名刺交換をしたり、歌や踊りを一緒に踊りました。最後には、大村のカントリー・ジャズ・オーケストラの皆さんの生演奏も聴き、とっても楽しいひと時を過ごすことが出来ました。

僕は、障害者の人々の楽しそうな笑顔を見た瞬間に、自分自身もとっても楽しくなりました。このふれあいの集いを通して僕は、笑顔とかそういうちょっとしたことでも、人に影響を与えることが出来るんだっていうことが、分かりました。

ヨハネス シン(インドネシア出身)