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こころに残る思い出:ふれあいイベント

[inspic=817,,fullscreen,400][inspic=816,,fullscreen,400][inspic=815,right,fullscreen,400]ワールドキャンパスのプログラムは常に、今まで体験したことのないようなことが待っています。ここ大村でも、心に残る特別な「ふれあいの集い」のイベントが待っていました。

「ふれあいの集い」は、毎年大村で開催され、身体障害者などが人とふれ合うことを目的にしたものです。この日は約650人を超える人が集いました。

僕らの仲間ワールドキャンパスのメンバーも参加し、歌や踊りで会場にいる皆と盛り上がりながら、楽しい時間を過ごしました。音楽は僕らの心の中にある障害者と僕らの間にある「壁」を取り除いてくれる道具でした。ふれあいの集いに参加した皆が、音楽のリズムに合わせて一つになりました。

その後、皆でゲームをしました。名刺交換をしたり、歌や踊りを一緒に踊りました。最後には、大村のカントリー・ジャズ・オーケストラの皆さんの生演奏も聴き、とっても楽しいひと時を過ごすことが出来ました。

僕は、障害者の人々の楽しそうな笑顔を見た瞬間に、自分自身もとっても楽しくなりました。このふれあいの集いを通して僕は、笑顔とかそういうちょっとしたことでも、人に影響を与えることが出来るんだっていうことが、分かりました。

ヨハネス シン(インドネシア出身)

弓道

[inspic=814,,fullscreen,400][inspic=813,right,fullscreen,400]皆さんこんにちは。私はトルコ出身のブルージュです。今日は大村市で私たちが体験した弓道についてレポートしたいと思います。弓道は、日本の国技の一つであって、弓を引き、的に向かって矢を撃つというものです。弓道では道着を着用します。私は、手にはめる手袋がとても気に入り、先生に下さいといいましたが、ダメと断られてしまいました。

弓道のポイントは、動きにあると思います。先ずは正しい体勢を取り、弓を十分に引き、溜め、そして矢を放します。

短い間でしたが、とてもリラックスすることができ、多くのメンバーは的を射止めることができました。的を射止められた時はとてもスカーットしました。メンバーの日本出身のノゾミとアメリカ出身のジェイクは対戦もしていました。

最後には、とてもかわいい手作りのポーチをプレゼントに頂きました。もちろん、いつもどおり、僕らはこの体験を大いに楽しむことができ、大満足の時間を過ごすことが出来ました。弓道の指導をしてくださった先生、準備をして下さった方々、本当にありがとうございました。

ブルージュ(トルコ出身)

被爆体験者の講話

[inspic=812,,fullscreen,400]長崎市の原爆資料館及び被爆体験者の講話を伺ったこの日は、メンバーにとって考え深く、決して忘れることが出来ない日になりました。被爆体験の講話をしてくださった吉田勝二さんは、原子爆弾が投下された1945年8月9日、当時13歳の時に、爆心地より850メートルのところで被爆しました。

学校へ通学途中に、爆弾が投下され、その時の爆風で彼は40メートル飛ばされ田んぼの中に投げ飛ばされました。彼は四ヶ月間もの間、意識不明の状態であり、病院での診察を受けていました。彼の両親は、彼を探し出す為に瓦礫の中を歩き回り、それによって大量の放射線を浴び、結果的に亡くなってしまいました。今日彼のように爆心地より1キロ以内の屋外で被爆し生き残っている人は殆どいません。

吉田勝二さんは、当時生きる希望を持つことをためらっていました。それは、彼が体全体に追った傷があまりにも目に余るものであったからです。右の顔や腕は、皮膚が完全に燃焼し、中から筋肉が見えていたといいます。手術の傷跡、及び火傷の跡による黒々とした顔によって、彼は周囲の人々に笑われたといいます。

今日も、吉田勝二さんは長崎原爆病院及び長崎大学病院整形外科で、治療を受けています。彼は二度とこのようなことを起こさないためにも、当時の出来事を人々に語り継ぐ語り手として自らの被爆体験を語り続け、「平和の原点は人間の痛みがわかる心を持つことです」というモットーを人々に広げ続けています。

レイチェル(スイス出身)

文化紹介

[inspic=810,right,fullscreen,400]2009年春の第三セッションは長崎県大村市から新しい仲間を加えて、始まりました。このセッションから参加生しているスイス出身のレイチェルは、木製のスプーンを使った演奏を披露してくれました。木製のスプーンを脚で叩いて奏でる演奏は、スイスのアルプス山脈を思い出させるようなものです。

レイチェルによると、この木製のスプーンは、兵士がスペインからスイスに持ち込んだようです。その後スイス人が、木製のスプーンを使ってリズミカルな音楽を奏でるようになったようです。当時の人々は、この木製のスプーンを使って食事をしていた人もいました。このようにスイス人にとって、この木製のスプーンは、生活に無くてはならないものであり、同時にフォークソングの楽器としても用いられる大切なものになりました。

大村市で行なわれた障害者との交流を通して互いに理解しあう「ふれあいの集い」では、私が木製スプーンで演奏をした後に、こんな質問をした人がいました。スイスの方は手で食事を取りますかと聞かれたので、フォークやナイフ、スプーンを使って食事をします。でも、この木製スプーンでは食事はしませんよと返答しました。

レイチェル(スイス出身)

2009年春プログラム第二セッション終了

[inspic=794,,fullscreen,400][inspic=808,right,fullscreen,400]ここ豊田市では2009年春プログラムの第二セッションが終了し、ここで仲間の何名かとはお別れを言わなければなりませんでした。このプログラムを通して体験したことの意味を理解するには多少時間がかかり、またそれぞれの「通常の生活」に戻るのにも多少の時間がかかります。このワールド・キャンパス・インターナショナルで体験した経験を、それぞれがきちんと消化し、その経験を次に生かせるようになるには、数週間かかるメンバーもいれば、数か月、数年かかるかもしれません。
プログラムを去っていくメンバーと別れのあいさつを交わすことは、そう簡単なことではありません。でも、僕らワールド・キャンパス・インターナショナルのメンバーは、悲しみを抑えて、互いに抱き合い、みんなの思いが込められてサンキューカードを渡し、そしてプログラムの終了書を一人一人に手渡します。今日プログラムを去っていく皆が、僕らメンバーや日本の地域コミュニティーへ与えてくれたインパクトに感謝します。そして、そのことや皆と過ごした日は決して忘れません。本当にありがとう。