Category Archives: 地域学習

弓道

[inspic=814,,fullscreen,400][inspic=813,right,fullscreen,400]皆さんこんにちは。私はトルコ出身のブルージュです。今日は大村市で私たちが体験した弓道についてレポートしたいと思います。弓道は、日本の国技の一つであって、弓を引き、的に向かって矢を撃つというものです。弓道では道着を着用します。私は、手にはめる手袋がとても気に入り、先生に下さいといいましたが、ダメと断られてしまいました。

弓道のポイントは、動きにあると思います。先ずは正しい体勢を取り、弓を十分に引き、溜め、そして矢を放します。

短い間でしたが、とてもリラックスすることができ、多くのメンバーは的を射止めることができました。的を射止められた時はとてもスカーットしました。メンバーの日本出身のノゾミとアメリカ出身のジェイクは対戦もしていました。

最後には、とてもかわいい手作りのポーチをプレゼントに頂きました。もちろん、いつもどおり、僕らはこの体験を大いに楽しむことができ、大満足の時間を過ごすことが出来ました。弓道の指導をしてくださった先生、準備をして下さった方々、本当にありがとうございました。

ブルージュ(トルコ出身)

被爆体験者の講話

[inspic=812,,fullscreen,400]長崎市の原爆資料館及び被爆体験者の講話を伺ったこの日は、メンバーにとって考え深く、決して忘れることが出来ない日になりました。被爆体験の講話をしてくださった吉田勝二さんは、原子爆弾が投下された1945年8月9日、当時13歳の時に、爆心地より850メートルのところで被爆しました。

学校へ通学途中に、爆弾が投下され、その時の爆風で彼は40メートル飛ばされ田んぼの中に投げ飛ばされました。彼は四ヶ月間もの間、意識不明の状態であり、病院での診察を受けていました。彼の両親は、彼を探し出す為に瓦礫の中を歩き回り、それによって大量の放射線を浴び、結果的に亡くなってしまいました。今日彼のように爆心地より1キロ以内の屋外で被爆し生き残っている人は殆どいません。

吉田勝二さんは、当時生きる希望を持つことをためらっていました。それは、彼が体全体に追った傷があまりにも目に余るものであったからです。右の顔や腕は、皮膚が完全に燃焼し、中から筋肉が見えていたといいます。手術の傷跡、及び火傷の跡による黒々とした顔によって、彼は周囲の人々に笑われたといいます。

今日も、吉田勝二さんは長崎原爆病院及び長崎大学病院整形外科で、治療を受けています。彼は二度とこのようなことを起こさないためにも、当時の出来事を人々に語り継ぐ語り手として自らの被爆体験を語り続け、「平和の原点は人間の痛みがわかる心を持つことです」というモットーを人々に広げ続けています。

レイチェル(スイス出身)

トヨタ自動車訪問

[inspic=771,,fullscreen,400][inspic=773,right,fullscreen,400]豊田市での訪問において、訪れないでいられないのは世界の自動車製造業社であり、また街の名前までも変えてしまったトヨタ自動車訪問です。非常に効率的に計算されて作られている製造工場の見学後、私たちワールド・キャンパス・インターナショナルのメンバーは、世界的企業であるトヨタ自動車本社において、普段ではなかなか行うことができない質疑応答の時間を担当者と行うことができました。
このトヨタ自動車訪問で、私たちは世界的企業であるトヨタ自動車の企業哲学の一端を学ぶことができました。品質管理は全ての製造工程で実施されており、ある作業工程で不良品や欠陥品が見つかれば、その場で対処するという方法を取っていました。この「自動化」という手法は有益であり、作業の効率性をあげるものであると思いました。さらに、トヨタ自動車では「ジャスト・イン・タイム」という手法を採用しており、これは必要な時に必要なだけの部品を準備し、在庫を必要最小限に抑えるというものでした。また、在庫をできるだけためないという方法も取り入れており、これにより仮に新しい規格のパーツができても、既存の使えなくなった在庫を処分するための様々なロスやコストを削減することができます。
トヨタ会館では、トヨタ自動車が実施している様々な社会活動についての話も伺うことができました。その活動は純粋には利他的とは必ずしもいうことはできないが、しかし国際的企業としての「企業の社会的責任」の一端を垣間見ることができたことは、有益な時間でした。トヨタ自動車は、教育や環境分野をはじめとして、さまざまな国々で社会貢献活動を実施していました。

”我孫子市の素敵な思い出”.

Grace Dance Video


[inspic=765,right,fullscreen,400]日本は本当に素晴らしいところです!先週は東京から少し郊外にある我孫子市に滞在していました。我孫子市には緑に囲まれた公園があり、心やさしい人々に出会いました。ここで出会った人々は、私たちがメンバー間で行っているように、私たちに沢山の文化を教えてくれました。私たちの我孫子滞在を支えてくれたボランティアの皆さんやホストファミリーの皆さん、本当にありがとうございました。また、我孫子実行委員会の田中ボスは工夫を凝らした楽しい企画を私たちに用意してくれて、ありがとうございました。もちろん、私のホストファミリーのスズキファミリーもどうもありがとうございました!

我孫子の少年たちとサッカーをしたり、自然保護を推進する人々との自然探索、日本の踊りを教えてくれる方々との踊り・・・我孫子での滞在は、毎日が本当に面白かったです。着物とお面をかぶり、太鼓と笛のリズムに合わせて、足踏みをしながら、体を動かす踊りは、ものすごく楽しく面白い体験ができました。これはここ我孫子市での活動の中で私の大好きな活動の一つになりました。

もう一つの我孫子市の忘れることのできない思い出は、ありがとうイベントの際に、地域の皆さんと一緒に踊った河童ダンスです。この日集まった人々は、世代や年齢が違う人々でしたが、みんなが同じ踊りをして、みんなが素敵な笑顔をしていました。大きな円をかいての河童ダンスは、年齢や世代を超えて、私たちが一つにまとまった瞬間でした。

グレイス(カナダ出身)

[inspic=697,,fullscreen,400][inspic=696,right,fullscreen,400]日本人にとって箸は、食事をする際に欠かすことのできないものです。サラダ、パスタ、それにゼリーを食べる際にも、箸を使って食べていました。日本の食卓から細長い箸が無くなったら、日本人は食事が食べられなくなってしまう位のとっても重要な食事をする際の道具です。

今回の我孫子市でメンバーは、自分の竹箸を作る機会がありました。箸の端を滑らかにし、二本の端がきちんと合わさるようにする作業は、簡単そうに見えて、とても難しかったです。特に研磨する作業は、二本の端がきちんと合わさるようにかなり丁寧に行なう必要がありました。メンバーそれぞれが手作りで作り上げた箸は、お店で売っているようなわけには到底いきませんでしたが、その歪な感じが、また個性を引き出していたように思います。

この手作りの竹箸は、まだきちんと箸を使いこなすことができないメンバーにとっても、我孫子のとても素敵なお土産になりました。